不安症や強迫症にlearningBOXを活用した認知行動療法が有効
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松本 一記 様

- 従来のCBT(認知行動療法)は対面治療が一般的で、時間や場所などの制約から、治療に対するハードルが高かったため、オンラインで認知行動療法を受けられるICBT(インターネット認知行動療法)の開発に着手した
- ICBT実施率や治療効果に関わるため、使いやすい治療プラットフォームが必要だった


- learningBOXを活用したICBT(インターネット認知行動療法)を開発し、疾患に応じた認知行動療法プログラムに繰り返し取り組むことで、高い治療反応性(症状が大幅に改善すること)が確認できた
- 手軽にコンテンツを構成することができ、プログラムの実施率や効果の向上にも寄与
メンタルヘルスに不調を抱える方の苦痛を和らげ、生活の質を向上させることを目標に、インターネット認知行動療法(ICBT)の普及に取り組む、鹿児島大学病院臨床心理室 研究准教授の松本 一記先生。交通費や移動時間などの負担を軽減し、より多くの人が適切な治療を受けられる環境を整えるため、learningBOXを活用したICBTを開発。さまざまな研究を実施し、その成果について論文を発表しています。松本先生の研究内容やlearningBOXの活用方法、今後の展望などについて伺いました。
この記事に出てくる用語についての解説
- 認知行動療法(CBT:Cognitive Behavior Therapy)
悪循環を形成している考え方や行動パターンを修正して、気持ちを楽にする心理療法 - インターネット認知行動療法(ICBT:Internet-Based Cognitive Behavioral Therapy)
インターネットを活用して行う認知行動療法 - 強迫症(OCD:Obsessive-Compulsive Disorder)
強迫観念に苛(さいな)まれ、不安を打ち消すための行動を繰り返してしまう精神疾患 - 社交不安症(SAD:Social Anxiety Disorder)
不安症の一種で、他人から注視される状況や社会的状況で強い緊張や不安が生じる精神疾患。かつては「社交不安障害」と呼ばれていた - パニック症(パニック障害)
場所や時間に関係なく、突然起こるめまいや動悸、呼吸困難といった症状と、「このまま死んでしまうのではないか」という不安・恐怖を伴う。その後、また発作が起こったらどうしようという強い「予期不安」が特徴的な精神疾患 - 有害事象
治療中に起こる予期しない体調の変化や問題 - ランダム化比較試験
治療の効果を公平に比較するため、参加者をランダムに2つのグループに分けて行う試験
遠隔認知行動療法で不登校・引きこもりから抜け出せる子がいるかもしれない
松本先生のご経歴、専門分野について教えてください。
私は現在、鹿児島大学病院臨床心理室に所属して臨床と研究に取り組んでます。2019年大阪大学大学院連合小児発達学研究科を修了後、千葉大学特任研究員、金沢大学特任助教を経て、2022年より鹿児島大学病院の現職です。
専門は認知行動療法と精神科医療分野での臨床研究です。認知行動療法(CBT:Cognitive Behavior Therapy)が非常に有効な強迫症(OCD:Obsessive-Compulsive Disorder)や社交不安症(SAD:Social Anxiety Disorder)について、インターネットを介したCBT(ICBT/インターネット認知行動療法:Internet-Based Cognitive Behavioral Therapy)の開発に注力しています。安全で効果的なICBTを開発して社会実装することを通じて、場所や時間に縛られず、より多くの人に質の高い治療を提供することを目指しています。
これまでの研究成果は、国際学術雑誌や国内外の関連学会などに公表しており、精神科医療領域における治療法の進歩に貢献しています。また、プレスリリースなどを通じて一般の方に知見をお伝えすることにも力を入れています。
私の研究の最終的な目標は、メンタルヘルスに不調を抱える方の苦痛を和らげ、かつ生活の質を向上させることです。ICBTの普及を通じて、より多くの人が適切な治療を受けられる環境を実現し、一人ひとりの人生をより豊かにするお手伝いをしたいと考えています。
松本先生は、大学時代に臨床心理学、大学院では小児発達学について学ばれていますが、これらの学問を選択されたきっかけ、背景をお伺いできますでしょうか。
私は平成不況と呼ばれた時代の平成元年生まれです。成長するにつれて、さまざまなメディアで心の病気についての報道が増えていった印象があります。共感性が強い子どもでしたから、うつ病などの精神療法に関心を持つようになり、最もエビデンスが確立された精神療法である認知行動療法を身に付けたいと思うようになりました。
臨床心理士になってからは、不登校の背景には不安の問題が大きいことを知り、遠隔認知行動療法を実現できれば、不登校や引きこもりから抜け出せる子どもたちもいるのではないかと考え、大阪大学大学院連合小児発達学研究科(千葉校)に進学しました。
さまざまな疾患がある中で、特に強迫症、社交不安症について研究しようと思われたのはなぜでしょうか?
大阪大学大学院連合小児発達学研究科では、他の疾患については先輩方が素晴らしい研究をすでに進めていたこともあり、指導教員である清水栄司先生に、強迫症や社交不安症を取り扱うことを勧められたのです。最近では、できることも少しずつ増えてきたので、心的外傷後ストレス障害(PTSD:PostTraumaticStressDisorder)、解離性障害、摂食障害、ADHD(注意欠如・多動症:Attention Deficit Hyperactivity Disorder)などの認知行動療法研究にも取り組んでいます。
導入の決め手は、使い方がすぐに分かるシンプルかつ直感的な使用感
ICBTに着目された背景や、従来のCBTにおいての課題について教えてください。
従来のCBTは、対面での治療が一般的でしたが、時間や場所などの制約から、多くの患者さんにとって、治療に対するハードルが高いという課題がありました。そこで、私はオンラインで治療体験が可能なICBTの開発に取り組んでいます。
ICBTは、インターネットを通じてCBTを提供するものであり、患者さんは自宅など、好きな場所から治療を受けることができます。 これにより、交通費や移動時間などの負担を軽減し、より多くの人が治療を受けられる環境を実現しました。単にICBTを開発するだけでなく、その効果を検証する研究も積極的に行っています。
learningBOXを最初にお知りになったきっかけ、導入の決め手についてもお聞かせください。
ノーコード(ソースコードを書かない開発)で構築できるオンラインプログラムのプラットフォームが必要でした。いろいろと検索しているうちにlearningBOXを見つけました。
決め手となったのは、シンプルかつ直感的な使用感です。使い方がすぐに分かることは、ICBTの実施率の向上に直接的に関係し、それにより治療効果も上昇する可能性があるため、システムの使用感を重要視しました。
learningBOXを使ってみて、使いやすい点、改善してほしい点についてお聞かせください
PDFなどの一般的なデータをアップロードするだけで、プログラムが実装できて使いやすいと思いました。改善してほしい点としては、learningBOXに実装されたプログラムについて、いくつかモデル事例があるとありがたかったです。また、オフラインで講師(治療者)と利用者(患者さん)のやり取りができるチャット機能があるとうれしいです。
「オフライン」がポイントなのですね。社内でも検討させていただきます。それでは、learningBOXを活用して実施された研究の概要について教えてください。
2018年〜2020年にかけて、強迫症、社交不安症、パニック症(パニック障害)のICBT自助プログラムの有効性を検証する臨床試験を実施しました。自助とは、自分の問題について自分自身を支援する目的で行う治療アプローチのことです。ちなみに英国の国立医療技術評価機構(NICE:National Institute for Health and Care Excellence)の治療ガイドラインでは、うつ病や強迫症の初期治療では、ICBTなどを使った自助での認知行動療法が推奨されています。
eラーニングシステムを活用した認知行動療法プログラムを開発して、3つの疾患のための自助プログラムを実装しましたが、そのWebプラットフォームとしてlearningBOXを活用しました。全てのプログラムは全12回で学習できるように構成しており、疾患特有の精神病理に対応する認知行動モデルを基に実行しました。
結果はいかがでしたか?
強迫症の成人患者さん男女3名に対して、開発したICBTプログラムを含むデジタル教材を活用し、心理社会的な支援を精神科病院外来で提供しました。介入前後で、 全ての患者さんは顕著に臨床症状に改善が見られ、 強迫症が寛解しました(松本ら, 2020)。
また社交不安症のオンライン認知行動療法プログラムにおいても、6名中5名が試験治療を完遂することに成功し、有害事象の発生は観察されませんでした。この臨床試験後には、 ほとんどの患者さんに主要疾患の症状改善が観察されました(Shinno, Matsumoto et al. 2024)。
その後はどのような研究を進められましたか?
上記の研究から、強迫症のICBTプログラムには「効果があった」と自信を深め、さらに2020年1月から2021年3月にかけて多施設共同のランダム化比較試験を実施しました(Matsumoto et al., 2020)。
この研究には、15歳から60歳までの主診断が強迫症の患者さん31名に参加していただきました。31名の参加者の半数は、治療者のガイド付きICBTを、もう半数には待機していただき、3カ月後までにどれだけ強迫症の症状が改善しているかを比較検討しました。
ちなみに治療者のガイドは私が行い、チャットツールを使って、プログラムへの取り組みを促したり、認知行動療法についての疑問がある方には個別に回答しました。結果は非常に良好でした。3カ月後にガイド付きICBTを受けた方のうち64%(n=9/14)に大幅な強迫症状の減少が確認されました(Matsumoto et al., 2022)。
対照的に、待機していた方たちについてその割合は13%(n=2/15)に留まりました。この差は統計的に有意なものでした。言い換えれば、ガイド付きICBTは強迫症の症状改善に明らかに効果的であることが実証されたのです。
また待機していた参加者のうち11名が、待機後に同様のガイド付きICBTを受けました。そうすると、81%(n=9/11)が大幅に強迫症状を減少させたことが確認できました。さらに、ガイド付きICBTを受けた25名については2年間の経過観察研究を通じて、長期的な有効性があることも確認することができました(Matsumoto et al., 2024a)。
詳細については研究成果報告をご確認いただければと思います。
learningBOXの利活用で認知行動療法を安全かつ即座に届けられる
これらのICBT自助プログラムには、learningBOXのどのようなコンテンツの種類(動画・PDF・クイズなど)が使われているのでしょうか?
PDFとクイズをうまく組み合わせて、自助学習が可能なICBTプログラムを構築しました。今後は動画も利用したいと考えています。
これらのICBT自助プログラムのどのようなところが疾患の改善に効果的だったのでしょうか?
これまでのCBTは、治療者との対面セッションが必要不可欠でした。しかし、専門的な技術である認知行動療法に習熟した治療者は不足しており、かつ都市部に集中しているという問題がありました。ICBTでは、認知行動療法のニーズがある人が自宅にいながら何度でも任意の時間に治療にアクセスできる点が魅力的です。疾患に応じた認知行動療法プログラムに繰り返し取り組むことで、高い治療反応性(症状が大幅に改善すること)を確認しております。
先日Bett Asia Awards 2024において、ウェルビーイング賞のファイナリストにノミネートされた研究についてもお聞かせいただけますか?
2022年12月から2023年10月にかけて、私の所属する鹿児島大学、福井大学、志學館大学、鳴門教育大学、福島学院大学、高知県立高知国際中学校・高等学校、仁愛大学の7校で、青年期の社会不安症のICBT自助プログラムの有効性を検証する臨床試験を実施しました。
合計で77名の学生が研究参加者として登録され、ランダム化手順により、38名の参加者が介入群(インターネット認知行動療法を実施するグループ)に、39名の患者が対照群(無治療グループ)に分類されました。
プログラムは全10回で学習できるように構成しており、臨床試験開始から10週間後(介入終了直後時点)での結果を紹介します。社交不安が全然問題にならない「寛解」状態となった人の割合を表す寛解率の数値が対照群では38%(9名/38名)に対して、介入群では61%(19名/31名)となり、ICBT自助プログラムが青年期の閾値下社交不安症状の改善に効果的であることが分かりました(Matsumoto et al., 2024b)。診断閾値下とは、診断基準を満たさないいわゆるグレーゾーンといわれる状態ですね。
詳細については論文をご確認いただければと思います。

松本先生が2024年秋に出版された書籍についてもお聞かせいただけますか?
『「他人の目が気になる・こわい」から抜け出す』という書籍です。社交不安症と診断されていなくても、「他人の視線が気になりすぎて、出先でパニックになったらどうしよう」と考えてしまったり、「今日のあの言動はよくなかった」とひとり反省会を何度もしてしまうような不安感・恐怖心を持っている方に向けて、対処法(認知行動療法)を分かりやすく解説しています。
視線を感じる場面で不安や恐怖を感じることは自然なことであり、不安や恐怖は、人が社会生活を営んでいく上で必要不可欠なことです。「ありのままの自分」を出せているか、という視点を大事にしながら、認知行動療法の技法を活用して、上手に不安や恐怖と付き合っていきましょう、という思いを込めました。お困りごと別の克服方法も事例とともに紹介していますので、ご興味を持たれた方はぜひご覧ください。


写真上:『「他人の目が気になる・こわい」から抜け出す』翔泳社、2024年、著者 松本一記, 吉永尚紀 単行本 208ページ(ソフトカバー)2024年10月25日出版 ¥1,650(税込)ISBN-10: 4798185078. 写真下:書籍内の一コマ
松本先生の今後の展望についてお聞かせください
認知行動療法は、薬物療法に勝るとも劣らない治療法であり、訓練された医師、もしくは訓練された医師と看護師が協働して、対面セッションで提供した場合には保険適応となる精神疾患もあります。しかしながら、認知行動療法の専門家は圧倒的に不足しています。
また、認知行動療法を提供する診療所は都市部に偏在しており、鹿児島県などの地方の精神科医療には大きな物理的障壁があります。learningBOXを利用したICBTにより、これまでに対面の認知行動療法で効果が実証されてきた精神疾患には、かつてない治療アクセス上昇の機会が生まれます。
有効な技法を特定し、それらを効率よくICBTプログラムに組み込みながら、ユーザー(患者さん)が安心して取り組みやすくかつ十分に内容を理解し、継続的に習得した技術を実践できる治療プラットフォームをデザインすること、そしてそれらを支援ニーズのある人全てに届ける活動を続けていきたいと思います。
インタビューにお応えいただき、
ありがとうございました!